日常や雑談

なにわの「人生積んだ」⇒月収100万円までの物語

更新日:

どうもなにわです。

僕がアフィリエイトやネットビジネス始めた時って

とにかーく怪しいというか、詐欺っぽいというか、

みたいな人いっぱいいたんです。(当時は実際に詐欺商材売ってる人普通にいました汗)

 

何より顔が見えない(実際の顔ってことじゃないです)

と、「コイツ誰やねん??」ってなりますよね。

 

だから多少なりとも、僕の人となりが見えたら良いな~

と思って、自己紹介の記事を改めて作ることにしました。

 

これが僕の「人生積んだ」⇒月収100万円までの物語です。

 

別に無理に信じてもらおうとか、知ってもらおうなんて

全く思ってないし、興味ある人だけが読んでくれたら

良いんですが、

 

 

おそらく僕が歩んできたこれまでの道のどこかしらの過程に

これを読んでるあなたがいるかと思います。

 

だから例えば、

 

・死にたいぐらい辛い!この生活を変えたい

・ネットビジネスとか怪しすぎ!でもちょっと気になる

・よしアフィリエイトで稼いで雇われず自由になってやる

・でも本当に稼げるのかな?

・巷の有料の教材とか詐欺っぽいし実際どうなんだろ?

 

こんな状況にいる人には物凄くリアリティーが

出るというか、興味深く読める話だと思うんです。

(もちろん僕の歴史なので全て事実です)

 

なので、

お前誰やねん!とりあえず知っておいてやるか!

とか、

どういう流れで僕が稼げるようになったのか知りたい。

とか、

今稼げている人が元はどんな人間だったのか?を知りたい。

って人はどうぞ気軽な感じで読んでいってやって下さい。

 

なにわの月収100万円までの物語始まり始まり~

 

朝6時に起きて夜23時に帰る生活

僕は大学を卒業し、新卒で会社に入った。

それなりの大手だったし「就職活動は上手くいったー!!」って

感じだったけど、いざ働き始めると地獄だった。

 

上司からはほぼ100%嫌味を言われるし、

新人だから最後まで会社に残らないといけないし、

何だかんだ朝6時に起きて夜23時に帰るような生活。

 

「俺こんなんで良いんか?」

次第にこんな思いが募り、最後は逃げるように

会社を辞め、僕は東京に飛び立った。

 

100円で5分で止まるコインシャワーで体を洗う生活(笑)

あてもなく東京に飛び立ったので家もない。

だから何とか友達のツテをたどって、

当時東京で芸人を目指していた友達の家にもぐりこんだ。

 

家賃3万5千円で風呂なし、トイレ共同、そして何より

僕入れて男3人で生活することになった。

 

○○荘と言う名前のいかにも歴史がありそうな家だった。

 

お金もないからとにかく毎日カップラーメン。

いやそれも実は当時の僕からしたらちょっと贅沢。

普段はそれよりも安い100円ローソンで2回分の麺が入った

ラーメンを買っていた。

(ちなみに松屋やすきやはめちゃくちゃ贅沢)

 

お風呂は銭湯に行くお金なんて当然ないから

100円で5分出るコインシャワーを使った。

 

真冬でも水しか出ないし、暖房もついていない場所だから、

出た瞬間死ねるぐらい寒かったのを今でも覚えている。

 

そんな極貧生活の中僕は役者をやることにした。

 

劇団や事務所のオーディションを受けて、

何とかスタートすることが出来た。

 

貧乏生活の中でも夢を持つことで希望が持てたし、

それなりに楽しかった。

 

でもお金がないと生活が出来ない。

 

コンビニやカラオケのアルバイトをしようと思ったが、

普通のバイトはそんなに融通が利かない。

 

「今週末は休みたいです。」

なんて急に言ってもまず休めない。

 

そんなこんなで気付いたら、僕は気付くと水商売を

やることになっていた。

 

新宿歌舞伎町という日本一番の繁華街で・・・。

 

テレビでしか見たことがない世界が

現実になっていた。

 

(水商売での話は、さすがに生々しすぎるので

割愛させて頂きます)

 

今でも覚えているのは、朝の歌舞伎町。

異様な光景で、まさに人生の墓場を連想させた。

そこら中にゴミが落ちていて、カラスがゴミを漁る。

人間の欲望でいっぱいな町だ。

 

そんなこんなで僕は役者としての活動も少なくなり、

気付くとどっちがメインかわからないような生活を送っていた。

 

さすがに僕もヤバいと思った。

そしてようやく僕は普通の生活に戻る事を決意した。

 

周りの目にビクビクする毎日

地元大阪に帰ってきた。

 

実家に帰ったのだが、

当時の僕はとにかく、自分の状況が恥ずかしかった。

周りは社会に出てしっかり働いているのに、

自分は偉そうな事を言って東京に行き、

何のみやげ話もなく帰省してきている。

 

地元に戻って周りの人間に見つかるのが嫌でビクビクしていた程・・・

今思うとそこまで思う事ないって感じですが、

とにかく自分が恥ずかしくて情けなくて、逃げていた。

まあ、それならとっとと

就職活動を始めればいい話なんだが、

ダメ人間はすぐには変われません。

そこまで思っていたくせに朝からパチンコ。

お金なくなって古本屋巡り笑

これが26歳ニートの現実。

さすがにそんな生活も続けられず、
実家とはいえ、良い歳してお金なんて親から貰えない。

とりあえず日銭を稼ぐことにした。

 

なぜかアダルトDVD店でバイトを始める

当時はとにかくお金がなかった僕は、日払い。日払い。日払い
それしか目に見えない状況で、バイトの求人誌を見ていた。

 

でも実際日払いできるとこって派遣とかで、

毎日違う場所に行かされるようなものばっかり。

「いやいやそんなのダルイでしょ。」
「無理無理~。」

はい、こんな感じで就職どころかバイトすら拒否するレベル笑

 

毎日ただプラプラ求人誌見たり、

古本屋行ったり、なけなしのお金で1円パチンコに

必死な形相で賭けたりする日々。

そんな絶望感マックスの僕にある時、

少しの光が差し込みます。

即日日払いOK!面接すぐOK!

という張り紙が貼られたお店を見つけた。

 

「これだ。これ!この緩い感じ。今時こういう緩い募集しているところは、仕事も緩いはず!」

と何とも下心ありありの考えですぐにこの募集に飛びく事に。

 

そしてその足でそのまま飛び込みで、

「働きたいんですけど!!」といかにもアホそうなドクロのマークが

大きく入ったパーカーを着て面接を申し込んだ笑

 

完全アホ笑

言うて数年前のことなんですが、救いようのないバカだった・・・

 

で、話を戻すと、面接をその場でしてもらい見事通過!

でも普通のDVDやと思っていたそのお店。実は、

「アダルトDVD屋だったんです・・・汗」

 

(ようやく)ネットビジネスに出会う

アダルトDVD屋でバイトを始めた僕は

謎の期間を過ごしていたように思う。

 

東京にいる時は理由があって就職していなかったが、

今や完全に理由なしにバイトをしていた。

 

「これがフリーターか~」と謎にしみじみしていましたね汗

 

覇気がないというか、死んだような目で

ただそこでバイトをしていた。

 

このまま俺どうなるのかな?ここの正社員になるのかな?

いやそれは嫌だ。もう少ししたら就活でもしようかな。

 

そんな事を考えながらただただ

毎日をドブに捨てるかのように生活していた。

 

そんな時に、僕にある転機が訪れた。

 

それが、

「ネットだけでお金を稼ぐ方法」

といったものだった。

 

そう、ここでようやくネットビジネスに出会うのだ。

 

その時の僕の気持ちは、

26歳職歴なし。ここからもしネットで稼げるようになったら、一発逆転出来るんちゃう?

今さら普通に就職するなんて情けないし、これで成功出来たら最高やん?

むしろ今までの歴史とか箔つくし良いかも!!

 

なんて、頭がお花畑状態。汗

 

そこからはとにかく無料で色々な

情報を漁った。

 

バイトをしていると言ってもフルタイムでもなく、

週に3日とかだったから、お金もなかったからだ。

 

ドン底から稼げるようになった男のブログ

ブラックな会社を独立して月100万稼ぐ方法

うつ病でもPC1台で稼いだ話

 

といったブログを読んだり、メルマガをとったりという

日々を続けた。

 

当時は今よりもこういったいかにもって感じの

ブログが多かった気がする。笑

 

でも当然だが、そんなブログの情報はまあ薄っぺらい。

当時の僕からすると、

 

無料ブログ?

メルマガ配信スタンド?

無料レポート?

 

と聞いた事もないような言葉がいっぱいだったので、

「この人らすげーー」

とめちゃくちゃ純粋な反応を

していた笑

 

そんな情報を参考に見よう見まねで、

 

アメブロを作って何となく記事を書いたり、

読者が集まる仕組みも作ってもないくせに、

メルマガを書いたりしていた汗

 

キーワードとかも理解していないし、当然アクセスなんて

集まらないし、物を売るライティングの勉強もしていないし、

読者を集める場所もないので、当然メルマガで稼げることもない。

 

でも当時はそんなノウハウで溢れていた。

(○沢 翼が全盛期の時だった)

 

まさに表面的なものしか見えていなくて、

 

元ホストが教える成功哲学

 

みたいな意味のわからない痛いブログを

やっていたのが懐かしい・・・。

 

まあもちろん稼げなかった。

 

女神からの助言「○○だから稼げないんですよ~」

無料の情報を来る来る日も漁っていた

僕はとにかく迷走していた。

 

どのメルマガに登録しても同じようなこと

言ってるし、結局は最後は何かしらの教材の売込み。

 

もはやこのためにそれらしい事言ってるだけ

じゃないか?と思い始めるようになっていた。

 

だから僕はさっき少し話した、

 

元歌舞伎町ホストが教える成功哲学

 

なんて寒いブログを作っていたのだ。

 

成功もしていないのに、何だかそれっぽい事を言って

凄そうに見せる。

 

そしてそこからアクセスを集めてメルマガに登録してもらって

最終的に何かの教材を売ればいいんだ!!とアホなりに

考えていたのだ。

 

でもさっきも言ったように、そんなのはすぐに読者にバレるし、

何より、

 

どういう記事を書けばアクセスが集まるのか?

お客さんに価値を感じてもらうには?

メルマガでどういった事を書けば良いのか?

 

といった本質的なスキルが

全くもって身についていなかった。

 

そう、今だからこそわかることだが、

当時の僕にはそれが身についていないだけでなく、

それが必要だということが理解出来ていなかった。

 

だからいくらやってもダメだったのだ。

 

そんなダメダメだった僕は、ネットである人と

出会う。

 

その女性は、今まで読んできたブログやメルマガとは違い、

何だか本物を感じた。まさに女神だった。

 

難しそうだけど、言っていることが凄く地に足をついている

というか、具体的でまともな気がしたのだ。

(それがサイトアフィリエイトでした)

 

だから僕は厚かましくも直接メッセージを

送ることにした。

 

なにわ「すいません。僕は○○というものなんですが、全く稼げていません。どうしたら稼げますか?」

女神「どんな事をやられているんですが?」

なにわ「元歌舞伎町ホストが教える成功哲学っていうブログをやっています。凄い感じに見せてブランディングして、商品を売ろうと思っているのですが、上手くいってません。」

女神「なるほど~。それは上手くいきませんね。おそらく、今稼いでる人の表面的なものを真似してるだけなんだと思います。」

 

そこで僕の中で何かズシーンときたのだ。

 

落ち込むというより何だかホッとしたり、ワクワクしたのを

今でも覚えている。

 

Мとかそういうことではなく、

”稼げないことに原因がある”ということに安心したのだ。

 

もしかしたら才能やセンスがないから稼げないのでは?

と思い始めていたからだ。

 

そこでようやく僕はサイトアフィリエイトを

始めることにした。

 

そして、僕はその女神が紹介していた

有料の教材を買うことにした。

 

「これで俺は成功できる」とその時は

思っていた。

 

コンビニをぐるぐる何周もして決意

そこから僕は、また作業に没頭した。

 

来る日も来る日もノウハウ通りに

ブログを書いた。

 

でも残念ながら、そう上手くは

いかなかった。

 

「なぜだなぜだ?」

と自問自答する日々。

 

もしかして女神に騙されていたのか?

と疑い始めていた。

 

でもそんなある日、

その女神からまたある案内が届いた。

 

「サイトアフィリエイトの塾を始めます」

という案内だ。

 

いわゆる高額塾。

当時の僕にはお金がなかった。

 

でも女神が案内する塾はlpを読めば読むほど

入りたくなった。

 

むしろこれに入らなければ稼げないんだ・・・

と思うまでになっていた。

 

でも金がない。いや分割なら払える。でももし稼げなかったら・・・

そんな不安が頭の中をよぎっていた。

 

そして僕は、コンビニのATMの前で何度も高額塾に

払い込むか迷っていた。

 

コンビニの中を1時間もぐるぐる回っていたことを

今でも覚えている笑

 

この流れからして、

これを読んでいる人は

結局入ったと思うだろう。

 

まあ確かに最終的に入塾したのだが、

一度はやめようと思いコンビニを出ていたのだ。

 

外の空気を吸いながら、たばこを吸っていた。

 

「やめようかな。そのお金があれば結構良い服買えるし」

こんな事をすでに考えていた。

 

でもふと目についたものを理由に

考え直したのだ。

 

平日の昼間。

目の前にはスーツに身を包んだサラリーマンや、

いそいそと荷物を運ぶ配達員、

皆何かに追われていもしないのに、追われているように

見えた。

 

「俺も結局はあんな風な生活、人生をおくるのかな・・・」

と想像した。

 

すると何だか急に怖くなってゾッとした。

 

「人とは違う生き方をしたい!何だか凄いやつになりたい。」

という中二病のような考えがあった僕からすると、本当に恐ろしかったのだ。

 

その瞬間一気に、心が固まった。

 

そして僕は高額塾に入った。

 

たった〇日でまさかの挫折・・・

高額塾に入った僕は毎日が刺激の

日々だった。

 

それまでは薄っぺらい情報しか手にしていなかった事もあり、

高額塾で学ぶことは凄く濃いものだと感じた。

 

サーバーの設定方法やドメインの設定方法、

サイトのアップロードなど

とにかく全く知らない事ばかりだった。

 

今ではそんな日々もあった事を忘れそうになるぐらい

呼吸をするかのようにやっている作業が、

当時の僕には難しくもあり何だか楽しかった。

 

言われる通りにサイトや無料ブログを作り

記事を書いた。

 

外注が推奨されていたが、当時の僕はとにかく

お金がなかったので、けちって全て自分で書いた。

一日に30記事とか書いていたりした。

 

メインのサイトにパワーを送るためのサテライトブログ

というものを用意する手法だったので、とにかく記事が

必要だったのだ。

 

そんな日々を続け頑張・・・・・・・・

 

れたら良かったのだが、やはり僕という人間は

そう簡単には上手くいかない。

 

何とあそこまで悩んで決めた高額塾を

たったの1か月で挫折するのだった。

 

今考えても根性なさすぎですよね笑

 

そう僕はダメダメ人間だったんです。

 

今でこそアフィリエイトで稼いで、それを教える立場にも

なっていて、

 

「なにわさんって凄いですよね。やっぱ最初からそうだったんですか?」

 

なんて言われる事もあるのだが、

見ての通り全くそんな事はない。

 

おそらくですが、かなりの低いレベルに位置する

ヘタレくそ野郎だと思います。

 

そしてそんな矢先、

更なる悲劇が起こります。

 

バイトをクビになる

もはや背水の陣で入った高額塾を挫折してしまい、

抜け殻状態だった。

 

でもそんな時に更なる追い打ちをかける

出来事が起こる。

 

当時働いていたアダルトDVD店は、僕含め

アルバイト3人だった。

 

僕以外は二人とも年上で、ほぼフルタイムって

感じで働いていた。

 

その隙間を僕が埋めていた感じなのだ。

 

でもある日社長に呼ばれた。

 

社長「○○君って確か就職を考えてるんだよね?それなら早めにした方が良いよ」

僕「あ、はい・・・。でももうちょっと・・・」

社長「実は、任せられる仕事はそんなにないんだよ。あと二人は生活もあるし。○○君はまだ大丈夫だよね汗」

 

はい遠まわしに辞めろってことだよね。完全に。

社長の言うこともわかったし、

確かに最もだ。

 

理由なくフリーターをしても仕方ないよな。

 

ネットビジネスで稼いで社長になる!って夢も

ついこの前挫折した訳だし。。。。

 

もうここが潮時か。

その時の僕はそう思った。

 

ハローワークに通う

もう真面目に生きよう。

普通で良い。またチャンスがあれば

その時やれば良い。

 

そう考えながら僕は27歳で就活を

始めた。

 

27歳、職歴なし、ニートがついに就職を決意した

時だった。

 

そして、テレビで聞いたことのある

ハローワークに通い始めた。

 

まあ何ら特別なところではないのだが、

当時の僕からすると凄く辛かった。

 

何だか負け組になった気持ちがあった。

 

良くわからないままやり方を教えてもらい、

ハローワークで仕事を探した。

 

職種で絞る

業種で絞る

条件で絞る

 

確かこんな項目があったように思う。

 

パソコンで探して、希望のところにエントリーする感じだ。

 

業種で絞るも何もしたい仕事なんてないんだけどな・・・

とりあえず楽そうで人間関係が良いところが良いな。

 

そんな考えだった。

 

でも意外にも、面接を受けると

あっさりと決まっていくのだった。

 

でも、就職する事がまだ心の奥底で決意できていなかったのか、

採用の電話が来ると断るようになっていた。

 

ただ、断っていた理由はそれだけじゃなく、

ある違和感を感じ始めていたからだ。

 

突然の強いめまい。忍び寄る魔の手

ある違和感というのは、

面接中に起こる強烈なめまいだった。

 

座っているにも関わらず、

もはや床にぶっ倒れそうになるぐらいのめまい。

 

それまで全く経験したこともない

ものだった。

 

1度目は偶然だと思った。

ちょっと調子でも悪いのかな~と。

 

でも2度目の面接でも

全く同じ現象が起きた。

 

そこで僕は思った。

 

「俺の何かがおかしい」

 

でもその時点ではまだ気のせいだと思い、

病院に行くこともなかった。

 

そんな中、まだ半信半疑だった僕に病気を

決定づける事件が起きる。

 

それはある夜。

友達から飲みの誘いがきた。

 

「○○飲みに行こうぜ!」

 

久しぶりに羽目を外そうと意気揚々と電車に乗った。

 

すると、電車が何駅か通過した時に、

今までに経験もしたことのない症状が出た。

 

「今すぐ電車を降りなきゃヤバい。死ぬ。頭がおかしくなる。暴れまわってしまうのでは?」

 

こんな事が頭をぐるぐるした。

 

そして次の駅で僕は飛び降りるようにして

電車を降りた。

 

とにかく人がいないところに

行きたい、その一心でトイレに駆け込んだ。

 

吐く訳でもないし、何をする訳でもない。

 

とにかく人の目がないところに

行きたかったのだ。

 

さすがにこれはおかしい。

 

そして僕は後に知る。

 

それがパニック障害だということを・・・

 

病院で診断される。不安障害です。

さすがにおかしいと思った僕は

病院に行った。

 

そこで診断されたのだ。

パニック障害だと。

 

当時は僕もその病気の事を良く知らなかったが、

どうやらネットで調べる限り、

精神疾患の一つらしい。

 

イマイチわからない病気だったが、

出る症状からその深刻さに気付いた。

 

まず家から出て、離れるほどどんどん不安感が

増した。

 

そして息苦しさでどうしようもない

気持ちになって、必死に折り返す。

 

まさにそんな状況だった。

 

そして家にいる時も急な不安感で、

「もしかしたら死ぬのでは?おかしくなるのでは?」

とどうしようもなくなる時があった。

 

そんな状況ではもはや仕事どころではない。

 

親も心配し、傷物に触れるような

感じになっていたのを覚えている。

 

僕はその時思った。今までの失敗は何でもなかった。いやむしろ失敗でもなんでもない。

でも今回は違う。

終わった・・・人生積んだ

と本気で思った。

 

というのも、

家も出れない。不安感と絶望感。

帰省時はまだ笑えた26歳職歴なしのフリーター。

それが27歳職歴なし、ニート、パニック障害

 

これはどうひいき目に見てもけっこうキツイ状況だ。

もはや笑えなくなった。

友人にもそんな事を言える訳もなく、

嘘をつき、引きこもる生活が続いた。

 

ドン底の中、唯一の光が

家から出られないといっても、普段から

しんどい訳じゃない。

本当に厄介な病気がパニック障害だった。

 

だからただ何もせず家にいる事に凄く罪悪感が

あったし、親と顔を合わせるのも苦痛だった。

 

決して言われてはいないが、

「あんた大丈夫?」

と顔を見るたびに言われているようだった。

 

そんな死んだような生活をしながらも、

少しずつ症状は良くなっていった。

 

最初は家から少しでも出ると恐怖感で、

動機や手汗、頭が熱くなるような感じがあったのだが、

だんだんとその距離を伸ばせるようになっていった。

 

まあお金もないので、ただ家から少し離れていて、

家に戻るような生活をしていただけなんだが。

 

こんなかなり辛い状況の中、ようやく当時の僕に

最大の転機が訪れる。

 

何となくだが、

A8というASPの報酬画面をのぞき込んだ。

 

すると、報酬3,600円

 

「なんだこの報酬。可能性としては、あの時に作ったサイトからしかありえない。」

 

そう。高額塾に入ってたった1か月間だが頑張った時のサイトから

報酬が出ていたのだ。

 

丸2か月何もせず放置していたサイトから

数千円だが報酬が出ていたのだった。

 

周りに聞こえない程度にその場でガッツポーズをした。

この時の喜びは今でも忘れない。

 

そして僕は思った。

この光を何としてでも手放さず、手繰り寄せるんだ。

それしかない。今は小さな光だとしてもきっとイケる!

 

そしてその日から僕は、

親のパソコンで作業を再度始めるのだった。(当然パソコンは持っていない)

とにかくやれる事をやった。たった3,600円でも成果が出るまでにやった

事を繰り返した。

 

毎月入る小さなお金で綱渡り生活

そこからはとにかく少ない報酬を全て投資して

そのお金で新しいサイトを作る

というサイクルを繰り返した。

 

口座にあるなけなしのお金2,300円で1つ800円ぐらいのドメイン、

月額500円のレンタルサーバーを契約した。

 

ASPから振り込まれる数千円をそのままドメインに投資した。

当時安いドメインがなく安いものでも600円ぐらいはしたから、僕は相当痛かった。

 

だから決して一つごとのサイトを無駄にはせず全力で作った。

教わったノウハウが被リンクといって、

メインサイトをサポートする無料ブログを100個以上、そしてその記事を何百記事と作った。

 

そしてまた入った数千円でドメインに投資した。

するとその次には、3万円、5万円と少しずつ報酬が伸びて行った。

 

でもそのお金を遊びに使うことはなく、またドメイン、余裕が出来るとツールや教材費に回した。

そんな中、ピンチが起きる。

親に借りていたパソコンがついに動かなくなったのだ。

(今だからわかるけど、おそらくデータで重たくなっただけ。それぐらい当時は知識がなかった汗)

 

「おいおいこんな綱渡り生活の俺に新しいパソコンなんて買えるのか?」

とパソコンの相場も知らなかったのでマジでひやひやした。

 

せっかく綱渡りとはいえ、投資と行動を繰り返し報酬が伸びてきていたので、このループを絶対に止めたくなかった。

でもさすがに、全てを支えるパソコンが無ければどうにもならない。

 

当時はPCの知識が全くないので、(すでにサイトは作っていたのに笑)

メモリ?4GB?256GB?インテル?

何じゃそりゃーーーーーってレベルだったので、とにかくそれもネットで調べた。

 

そこで最終的に2万5千円ぐらいの中古パソコンを購入した。

画像

今だとこの金額でもうちょっと良い新品のパソコンが買えるのかもしれないが、当時はなかった。というより知識がなかった。

つくづく思う。知識の大事さを。情弱って何も情報業界とかネットビジネスだけの言葉じゃないと実感したのもこの経験から。

 

まあ話を戻して、そのボロボロPCと共に僕はまた走り出した。

 

ようやく少し普通の人間になれた気がした

そしてそのループを繰り返していくうちについに。

月収10万円達成!!!!!!!!

 

この時は本当に嬉しかった。今思うとまだまだって感じなのだが、ようやく少しは普通の人間になれた気がする。

これは誤解のないように聞いて欲しいのだが、人間社会的な立場が悪くなってくると、

(僕で言えば、無職、引きこもり、精神疾患で外に出れない)

決して失ってはいけない自尊心を失うのだ。

 

本来、障がい者だろうが、貧乏人であろうが、金持ちだろうが、政治家であろうが

人間は平等であるべきだ。

 

でもいざその立場になると、どう転んでもそうは思えない。

フェイスブックを見ると仕事をバリバリ頑張っている同級生。

たまにラインで連絡が来るも、パニック障害で外に出れない、働けない、遊ぶお金もないなんて事を打ち明けられるはずもない。

 

そうなると周りと自分を比べてとにかく自分を責める。

自分はクズだ。底辺だ。終わりだ。どうしようもない。と。

 

でもたった一人、自分の力だけで月に10万円を稼ぐことができた。

これが本当にその時の僕の自信になった。救われた。今でもついこの前のように覚えている。

 

念願のmacを購入!

古いパソコンがとにかく重たくなってきた。

それに症状がマシになってきたから家でなく図書館でやりたい。

でもとにかく中古2万5千円のパソコンは重かった。

こんなの持ち運ぶバカはいない。(僕は3回試した笑)

 

そこで報酬も15万円ぐらいになってきてたので、思い切ってmacを購入した。

これだ。

最高だった。

結果このパソコンとは4年以上付き合うことになるのだ。もはやこの薄くて軽いパソコンだけで数千万生み出してきたといっても過言ではない。

 

(ちなみに4年後には、キーボードを日々叩きすぎてここまでボロボロになりました笑  今ではメイン機にwindowsを使ってます)

 

そこからは図書館で作業もするようになり、報酬も順調に伸び、ついには月収30万円達成!

もうこの時には自分に自信がついていた。

よし俺はやっとスタートラインに立てた。

周りの同期と比べても決して劣っていない。むしろ雇われずに稼ぐ社長だーー!!と

かなり浮かれていましたね笑

 

ついに・・・

そしてその日が訪れた。

報酬が日に日にペースが上がっていたから、うすうす気づいていたが。そう。

僕は職歴なし、無職、病気で働けず家も出れないドン底からついに月収100万円を達成したんです。

(実はというと、10万円とか30万円を達成した時の方が嬉しかったんだが・・・)

でも、その瞬間僕のドン底からの這い上がりという目的は達成された。

自己否定との決着というか、超ネガティブに陥っていた思考はどんどん消えていった。

 

もちろんこれがゴールではないし、僕はまだまだやりたいことがあるし、もっと見つけていくつもりだ。まだまだ途中。

でも自分で道を切り開けた事は多いに価値があることで自信がついた。

 

どうかこれを読んでいるあなたも、もし感じることがあったなら、頑張って欲しい。

俺でも出来るんだ。そう思ってもらえる人が増える事を心から祈っています。

 

おわり

====================

最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

ここまで読んで、「どうやったらネットビジネスで稼げるのかな?」「具体的に知りたい」となった方はぜひ僕のメルマガを読んでみて下さい。

無料で読めます^^

⇒なにわのメルマガを読んでみる

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

どうもなにわです。

ってかお前誰やねん?って人に簡単に自己紹介します。

 

僕はパニック障害持ち、職歴なし、元ニートの関西人。

そんな状態からネットビジネス、アフィリエイトに出会い、

月収100万円以上稼げるようになりました。

 

こういうのってモロうさん臭いですよね汗

 

でもやってみるとわかりますが、実際何も凄いことないし、

僕に何か特別な才能があった訳でもなく、pcスキル0文章力0の人でもしっかりやれば稼げる世界です。

 

とはいってもイメージしにくいと思うので、

僕が稼ぐまでの過程を記事にしました。

 

B級映画を見る感じで楽しんで下さい^^

なにわの「人生積んだ」⇒月収100万円までの物語

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

▼下記画像をクリックして、ネットビジネスを学ぶ▼

>>アフィリエイトで稼ぐのにめっちゃ大事な秘訣を書いたレポートをプレゼントします<<

  • この記事を書いた人
なにわ

なにわ

31歳で、専業アフィリエイターです。
2014年にwebサイト運営を始め、2015年5月には月収110万円を達成。
現在はアフィリエイトの他にもyoutube運営、コンサル、自社オリジナルコンテンツ販売などを手掛けています。
⇒より詳しいプロフィールはこちら

-日常や雑談

Copyright© パニブロ|なにわのアフィリエイトで稼いだノウハウを吐き出すブログ , 2020 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.